
お前が子供の頃、寝食を忘れてハマったものはどこに行ってしまったんだ?
その燃えるような熱は、一体どこに消えてしまった?
お前がハマり、憧れ、手を伸ばした、あの光り輝くものは一体何だったんだ?
夢中になって、目を輝かせて見つめていたそれは、偽物だったのか?
今となっては後悔するような時間や金の使い方をして集めたものは、全部無駄だったのか?
あの頃のお前が間違っていたのか?
大人になっても何かにハマっている人を見て、心の奥が痛んだことはないか?
その人たちを羨ましいと思いながら、どこかで「大人げない」と蔑んでいないか?
本当は、お前ももう一度何かにハマりたいんじゃないのか?
でも、怖いんじゃないのか?
また夢中になって、時間や金を使ってしまうことが怖いんじゃないのか?
好きになったものに裏切られることが怖いんじゃないのか?
だから、最初から踏み込むことをやめてしまったんじゃないのか?
昔自分がハマったものを見て、心の奥が疼くような、切ない気持ちになることはないか?
それを「エモい」なんて鼻で笑って、どこか心の隅へ追いやってはいないか?
お前が燃やした、その魂は一体どうなってしまったんだ?
本当に消えてしまったのか?
それとも、お前自身が消そうとしているだけじゃないのか?
社会のせいにして、言い訳をしていないか?
仕事があるから?
時間がないから?
お金がないから?
もう大人だから?
本当にそれだけなのか?
本当に自分の興味のあるものに向き合っているか?
人の評判や、役に立つかどうか、得られるものばかりを気にして、自分の本当の「好き」に蓋をしていないか?
裏切られることを恐れて、踏み込むことを拒んでいないか?
本当にお前の「好き」は、そんなことでなくなってしまうものなのか?
何かを好きになるのに、理由が必要なのか?
何かを追いかけるのに、意味が必要なのか?
そこから何かを得られなければ、それは本当に無駄なのか?
もう一度、顔を上げてみないか?
頭上にまだ光っているものがあるんじゃないのか?
お前が好きで追いかけてきたものは、本当に間違いだったのか?
あの頃、目を輝かせていたお前は、本当に間違っていたのか?
あの頃のお前を、大人たちは笑ったんじゃなかったか?
では、お前は今、次の世代が夢中になっているものを笑っていないか?
「そんなものに何の意味がある」と言っていないか?
かつて「そうはなりたくない」と願った大人に、お前自身がなってはいないか?
それを見て、お前の好きだったものは喜んでくれるのか?
お前自身は、それで本当にいいのか?
本当に好きなものは何だ?
まだ、何かに心を奪われることはないか?
気づけば調べてしまうものはないか?
時間を忘れて見てしまうものはないか?
誰に頼まれなくても、もっと知りたいと思うものはないか?
それをもう一度、追いかけてみないか?
また夢中になってみないか?
また失敗してもいいんじゃないか?
また裏切られてもいいんじゃないか?
何も残らなくてもいいんじゃないか?
そこに何も残らなかったとしても、その道を追いかけた時間は、本当に無駄だったと言えるのか?
その光は、お前の心をほんの少しでも照らしてくれるんじゃないのか?
お前が燃やした魂は、本当に消えてしまったのか?
それとも、まだ心の奥で火を灯すのを待っているんじゃないのか?
だったら、もう一度、火をつけてみないか?
本当に好きなものを、もう一度探してみないか?
それが「好き」ってことなんじゃないのか?
